ふらごがく

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ポケマスフランス語版考察(2)キバナさんの「オレさま」はどう訳されているのか?


こんにちは。ゲームでフランス語を学んでいるふらごがくです。

前回の記事から引き続き、アプリゲーム Pokémon Masters EX、通称ポケマスにハマっています。先日の2.5周年イベントでは、ふらごがくのパシオにキバナ&フライゴンが来てくれました。つよい! このキバナさん、ビジュアルもさることながら「オレさま」という一人称が特徴的ですね。

こういうキャラクターを見るたびに思うんです、「この一人称、どう翻訳するんだろう……」と。そう、日本語の一人称にぴったり合う名乗り方が、外国語にもあるとは限らないからです。合う一人称が無いときには、翻訳は一人称以外のやり方でキャラ立ちさせる必要があります。すると、オレさまのキバナさまはどう外国語にされているんでしょうか。

というわけで、今回はフランス語版ポケマスでキバナさんのセリフがどう翻訳されているのか、一人称に注目しながら語っていきます。

ポケモンの一人称の翻訳、奥が深いです ↓↓↓

それでは行きましょう!

フランス語版の一部のセリフについては Poképédia.fr から引用しています。

※この記事は フランス語版 Pokémon Masters EX 2022アニバーサリーキバナ&フライゴンのセリフ、エピソードイベント パシオともだち記念祭のテキストについての一部ネタバレを含みます。また、ポケットモンスター ソード&シールドのキャラクターに触れている箇所がありますが、物語の詳細についてネタバレはありません。

「オレさま」口調が特徴的なキバナさん。フランス語ではどういうキャラクターになっているのか見ていきます。

フランス語には「オレさま」に当たる一人称がない

 まず初めに、フランス語には「オレさま」に当たる一人称がありません。基本的に、現代のフランス語で自分のことを言いたい時には je という一人称を使います。この je の発音は、日本語で書くときにはよく「ジュ」とされます。「ジュテーム  je t'aime」=愛してる、などですね。

 この je は性別にかかわらず、敬語でもタメ口でも使われます。つまり「あたし」も「僕」も「オレ」も「わし」も「拙者」もフランス語では全部 je なんです

一人称に頼らずパーソナリティを表現するワザが使われている

 このようにフランス語には「オレさま」に当たる一人称がありません。

 日本語の一人称って便利ですよね。そのキャラがどういう人で、どういう風に周りの人たちと接するのか。日本語だと性格や人間性はその人がどういう一人称をするのかで分かります。でもフランス語の一人称は1つだけ。ですから、キバナさんのように名乗り方に特徴があるキャラクターも、外国語では一人称に頼らないでキャラクターを表現する必要があります

 逆に言うと、外国語版を見ていくとどうやって一人称以外のところにキャラが込められているのが分かるんです。今回は、ポケマスフランス語版がキバナさんのパーソナリティを表現するのに使っている2つのワザを取り出してみました。

ワザ①:キバナさんと「チュトワイエ」

 第1のワザは「チュトワイエ」です。

フランス語には vous と tu の2つの「相手の呼び方」がある

 先ほどフランス語には「自分」の呼び方(一人称)が1つしかないと書きました。が、反対にフランス語には「話し相手」の呼び方(二人称)が2つあります。日本語で言う「あんた」「君」「貴殿」などですね。フランス語の2つの二人称は敬称のヴ vous と親称のチュ tu といいます。

 このヴ vous とチュ tu という「2つの二人称」とはどういうことなのか、例を挙げて説明していきます。

 ヴ vous というのは、場面で言うと客が店員を呼ぶときだったり、上司に部下が話すときや、年下が年上の相手に声をかけるときの相手の呼び方だと言われるとイメージがつくのではないでしょうか。簡単に言うと、タメ口だとマズいときの話し方です。例えば、街なかで知らない人に道を尋ねるときはヴ vous で丁寧に話しかけます。日本語でも「オマエ、駅はどっちか知ってる?」とか突然言われたらぎょっとしますよね。この「オマエ」よりも丁寧な二人称が vous です。

 反対にチュ tu は、家族や友達、子ども同士や、気心の知れた相手と話すときの相手の呼び方です。家族や友達のような相手をよく知っている間柄では、まるで店員さんに話しかけるように vous で喋るとかえってヘンですよね。こういうラフな場面で使うのが tu です。ほかにも、大人は自分以外の子どもにもチュ tu で話しかけます。

  ヴ vous  とチュ tu がどういう二人称なのか、掴めてきたのではないでしょうか。この vous を使って話すことを「ヴヴォワイエする vouvoyer 」と言い、 tu を使って話すことを「チュトワイエする tutoyer 」と言います。

 どういうときにヴヴォワイエした方が良くて、どういうときにチュトワイエして良いのかは、普段からフランス語で生活する人でも悩みどころです。vous は丁寧なので、とりあえず初対面の人とは vous で話してみたとします。すると後々にその人と仲良くなってくると「そろそろ tu にしてもいいかな」とお互いが思うのですが、「tu だとなれなれしいくないかな? 」とどちらも予防線を張り続けるといつまでも vous のままだったりして、なかなか心の距離が縮まらないこともあります。こういうジレンマは日本語でもありますよね。

(余談ですが、フランスのコミュニティサイトでは「年下の上司は tu で呼ぶべき? vous で呼ぶべき?」なんて激論が交わされていて面白いです。)

 vous と tu は日本語の「あなた」と「きみ」ではない

 このヴ vous とチュ tu  の区別はよく日本語の「あなた」と「きみ」に対応すると言われます。ですが、実際にはいつも日本語の「あなた」と「きみ」が ヴ vous と チュ tu  になるわけではありません。同じように”ヴヴォワイエは尊敬語でチュトワイエは友達同士の話し方”と言われることもありますが、実際には vous と tu にはいつも尊敬と仲の良さが込められているわけではありません。

 ヴ vous とチュ tu  がどういう意味のこもった呼び方なのか、ポケモンソード&シールドのキャラクターから見ていきましょう

ビートにとってローズ委員長は vous 、主人公は tu

 ここではビートを例にしてみます。

 まず、フランス語版のビートはローズ委員長を vous で呼びます。ビートにとって委員長は尊敬する人間ですし、ある種崇拝してすらいますからね。ビートにとって委員長は恐れ多い存在です。社会的にも人格的にも、自分自身よりもとても高いところにいるのがビートにとってのローズ委員長です。

(ちなみに、ローズ委員長はビートを tu で呼びます。ビートは子どもで自分とはかなりの年齢が離れていて、(ある程度は)かわいらしい存在でもあるからでしょう。)

 ところが、フランス語版のビートは序盤の主人公を tu で呼んでくるんです。序盤、ビートは主人公に高圧的な態度をとるのに、です。実際、日本語版のビートは序盤の主人公のことを「あなた」と呼んでいます。なのになぜ、この「あなた」は vous ではないんでしょうか?

 フランス語版ソード&シールドの物語序盤でビートが tu を使うのは”ビートと主人公が友達だから”ではないはずです。ビートは主人公に対して敵意を隠しません。当初、ビートはバトル技術が自分よりも劣っている(ように見える)主人公とホップが自分と同じジムチャレンジをしているのが不愉快なんですね。つまり、ビートは主人公たちが自分と同じレベルにいるからこそ、いら立ち、その不快感をあからさまにぶつけるわけです。つまり、ビートと主人公たちの間にはいろいろな意味で距離が無いということがビートの言動を形作っています。

 そう、vous と tu のどちらかを選ぶのかは相手との距離の有無によるところが大きいんです。一説には昔、vous は王を呼ぶのに使われていたのが民衆の間にも広がったとも言われています。王族なんて自分たちから遠い存在ですよね。vous には話し相手と距離を置き、その距離を重視する気持ちが表れています

キバナさんは誰にでも tu で話しかける

 ここまで、vous と tu はどのような場面で使うのかを解説してきました。vous か tu のどちらを使うかは、丁寧か仲良しかどうかというよりも、話し相手と自分の距離のあるなしで決まってきます。

 以上を踏まえて、キバナさんは基本的に誰であっても tu で話しかけます(ふらごがく調べ)。

 これはキバナさんが誰にでもなれなれしいということではなくて、むしろキバナさんの強みを表現させているのではないかと思います。このキバナさんの強みとは、相手が誰であっても距離を感じさせずに話すことができるということです

 ソード&シールドの世界でキバナさんは有名人であるからこそ、街なかでファンと出会うこともあるでしょう。こういう場面でも、キバナさんはチュトワイエを貫くのではないでしょうか。一介のファンも tu で呼べば、相手を緊張させすぎずに話ができるのではないでしょうか。

 しかもこのチュトワイエは、ある程度意識的にやっている(ことと翻訳では表現されている)のではないかとも思います。例えばファンに対しては、チュトワイエする「素のキバナさん」に触れられたと思うことでしょう。

 さらに、キバナさんの tu は彼のSNSでのファンサービスの手厚さを示してもいると思います。SNSでファンを増やすには、あたかも自分の友人かのように身近に感じさせるのがコツのひとつでもありますよね。tu で話し続けるのは、インフルエンサーキバナさんのセルフブランディングのひとつだと見ることもできます。

 チュトワイエで 誰にも距離を作らない話し方 を表している

 ここまで、キバナさんの話し方をフランス語のvous と tu の違いから見てきました。

 キバナさんは誰であっても tu を使って呼びかけます。この tu が、自分を「オレさま」と言いつつ誰とも距離を作らずに話せるキバナさんのパーソナリティを表し、さらにはキバナさんのファンへの姿勢やセルフブランディングの戦略を仄めかしてもいるのではないでしょうか。

 思えばキバナさんは「オレさま」という独特な一人称をしつつも、相手に高圧的に振る舞うわけではなく、むしろ親身に感じさせますよね。

 これがフランス語版がキバナさんの「オレさま」を表現している1つめのワザです。

ワザ②:キバナさんと「間投詞」

 第2のワザは「間投詞」です。

 このワザはポケマスフランス語版でのキバナさんのセリフから見ていきましょう。

 まず、ポケマスのテキストはキャラクターの話し言葉をそのまま書き起こしたようなスタイルなんです。つまり、フランス語の単語を辞書に載っている”正しい”つづりで書くのではなく、実際に話すときにされている発音を文字にしているんです。日本語で言えば、「〜している」という言葉がマンガのセリフなどでは「〜してる」と話し言葉っぽく書かれるのと似ています。

 フランス語では、このつづりの省略は次のようなときに起こります。ポケマスでのキバナさんのセリフから見ていきましょう。

v'là nos adversaires ! 

意味としては「そら、オレたちの対戦相手が来たぞ」というぐらいでしょうか。ここで v'là と書かれている言葉は本来 voilà /vwa-la/ というつづりをします。 voilà の発音はブァラのような感じです。v'là と書かれるとヴラ のような発音を示します。口に出してみると、ブァラを勢いよく言うとヴラのような音になるのがわかるのではないでしょうか。 このように、セリフを実際に話されたように書くことで、実際の口調を表現することができます。

バン! エ! ノン?

 この「そら!」のような、話し言葉に特有の言い回しが「間投詞 interjection」です。

 間投詞は先ほどの voilà の他にもいろいろあります。間投詞を会話に挟むと、ただ文章を述べるだけでは伝わらない自分の感情を付け足したり、会話を滑らかにしたりできます。キバナさんはこの間投詞を多用するんです。

 見ていきましょう。

(ここからポケマスのイベント「パシオともだち記念祭」でのキバナさんのフランス語版セリフを引用してきます。が、肝心の日本語版ではどう言っているのか、イベントテキストを見るのを忘れてしまいました! ですので、ここから下のセリフの日本語訳はふらごがくによるおおよその意味の解説になります。)

Ben les combats à Passio, c'est du trois contre trois, nan

 「ま、パシオじゃポケモンバトルは3対3だ、だろ?」。ここでは ben と nan が間投詞です。音としてはバン ben、ナン nan に近くなります。

 ここでは nan に注目していましょう。この nan は 意味としては英語の not にあたり、「でしょ?」「違う?」という念押しを表します。

 このナン nan は 本来、同じ意味の ノン non という言葉に由来します。辞書によれば、会話では ノン? を ナン? と発声することでやや甘えたような印象を与えるとのことです。どうでしょうか、フランス語版でもキバナさんのパーソナリティがぼんやり見えてきたのではないでしょうか。

 もちろん、キバナさんもノン を使うこともあります。

Grâce à moi, vous avez plein de nouveaux souvenir...non

オレさまのおかげで(記念写真がたくさん撮れたので)思い出いっぱいだよな、だろ?」という場面です。「自分のおかげで」というところがキバナさんっぽいですね。ここでも、最後に non を付け足すことで、自分の主張をただ言いっぱなしにするのではなく、やわらかい印象を与えますね。

 ほかにも、間投詞は相手を呼び止めたり、注意を引きたいときにも使えます。

 例えば、

「エ!」。日本語だと「ヘイ!」のような感じでしょうか。なんとなく使われ方がイメージできるのではないでしょうか。

さらには、

Yo

「ヨ!」もあります。これはそのまま日本語での「よう!」ですかね。

 日本語でも「よう!」とか「ヘイ!」と呼びかけてくる人ってたいてい陽気な人ですよね。間投詞でその人の性格がわかってくるんですね。

 間投詞はあいづちのようにも使えます。

(ダンデに向けて)Bah, il serait peut-être temps que je te montre qui est le plus fort, tu crois pas

 「(ダンデと自分の)どっちが強いのかはっきりさせる時じゃないか?」。最初の Bah が間投詞で、最後の tu crois pas は性格には間投詞ではないのですが、同じような働きをしています。この Bah は音としては「バァー……」のような感じで、いろいろなシーンで使われます。雰囲気としては日本語の「あー、」のような感じです。最後の「tu crois pas ?」は「そう思わないか?」と呼びかけを付け加えています。要するに、このセリフは最初のあいづちがその前の相手の発言を受け取っていて、最後に「だろ?」と同意を求めることでまた相手に会話のボールを投げかけているわけです。こうやってこまめに相手とのやりとりをする人って現実でも話しやすいですよね。ちなみに、フランス語版サブウェイマスターノボリはこうした間投詞を一切使いません(ふらごがく調べ)。

 このように、間投詞を使うと自分の感情を表現したり、相手の注意を引いたり、会話をスムーズにできるわけですね。

間投詞で キバナさんの率直な感情表現と話慣れた性格 を表している

 ここまで見てきたように、キバナさんは間投詞を効果的に使っています間投詞を使うことで、キバナさんが自分の感情を会話の中で自然と表に出すことができ、適度にあいづちを打ちながら話すのに慣れていることが表現されているのではないでしょうか

 面白いことに、こうした「ヘイ!」といった間投詞は必ずしも日本語版に元からあったわけではないんです。つまり、こうした間投詞の追加は《「オレさま」という一人称を使えないフランス語版ポケマスがキバナさんを表現するために使っているワザ》と考えられます

 わかりやすい一人称の使えない翻訳版では、一人称以外のところにいろいろなワザを見つけられます。

 チュトワイエと間投詞。これがフランス語版のポケマスで「オレさま」キバナさんを表現しているワザです。

まとめ:セリフ全体がキャラクターの表現になる

 この記事では「フランス語には一人称《オレさま》が無いけれど、キバナさんのセリフはどう翻訳されているのか?」を語ってきました。

 まとめると、キバナさんの「オレさま」口調は  

 ① tutoyer チュトワイエで 誰とも距離を作らない話し方を表す

 ② 間投詞でキバナさんの感情を率直に表現するところや話慣れた性格を表す

という2つのワザで翻訳されていました。つまり、「オレさま」がないフランス語ではセリフ全体でキバナさんのキャラクターが表現されていたんです。

 考えてみると「一人称だけが特徴的なキャラクター」っていないわけですよね。やはり、そのキャラクターのひととなりはそのキャラの振る舞い・言葉づかいの端々で現れてくるはずだし、表現できるはずなのです。作品の外国語版とは、その言語特有のできること・できないことのある中で、いろいろなワザを駆使してキャラクターを掘り下げているひとつの別の作品とも言えるのかもしれません。ポケマス、おもしろいですね!

 いかがでしたか? 

 この記事をきっかけに、ポケマスをさらに楽しんだり、フランス語に興味がわいてくると嬉しいです。次は「キバナさんと学ぶ自撮りのフランス語」なんてやりたいですね。

 ▼フランス語をもっと知ってみたいという人へ▼

furagogaku.hatenablog.com

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 それでは、A bientôt !